オリックス・バファローズ 谷佳知引退試合 2015年本拠地最終戦

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プロフィール

PROFILEプロフィール

登録名/本名 谷 佳知 背番号 10
生年月日 1973年2月9日 年齢 42歳
身長 173cm 体重 77kg
出身 大阪府 投打 右投げ/右打ち

獲得タイトル

最多盗塁(02)、最多安打(03)、ベストナイン(99・01・02・03・04)、ゴールデングラブ賞(<外>01・02・03・04)

経歴

尽誠学園高-大阪商業大-三菱自動車岡崎-オリックス(ドラフト2・97~06)-巨人(07~13)-オリックス(14~)

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通算記録

DATA通算記録

HISTORY

HISTORYヒストリー

1997

1997

  • ドラフト2位でオリックス・ブルーウェーブに入団。
  • 初出場/5月11日近鉄戦(GS神戸)にて、「8番センター」でスタメン出場。
  • 初打点/5月22日日本ハム戦(GS神戸)にて、延長12回裏に岩本投手から。
  • 初安打/5月25日ロッテ戦(千葉マリン)にて、
    2回表に薮田投手からツーベースヒット。
  • 初本塁打/8月1日近鉄戦(GS神戸)にて、8回に赤堀投手から。

1999

1999

  • 初の『ベストナイン』に選出される。

2001

2001

  • シーズン最多二塁打(52本)の日本記録を樹立。
  • 『ベストナイン』選出、『ゴールデングラブ賞』を初受賞。

2002

2002

  • 最多盗塁(41盗塁)『盗塁王』に輝く。
  • 『ベストナイン』&『ゴールデングラブ賞』W受賞。

2003

2003

  • 1,000本安打/8月19日ダイエー戦(福岡D)にて、
    6回表に渡辺投手からセンター前ヒット。
  • 189本の安打を放ち、シーズン『最多安打』のタイトルを獲得。
  • 『ベストナイン』&『ゴールデングラブ賞』W受賞。

2004

2004

  • 1,000試合出場/7月25日日本ハム戦(東京D)にて、「4番レフト」でスタメン出場。
  • 『日本代表メンバーとして『アテネオリンピック』に出場。銅メダル獲得に貢献。
  • 『ベストナイン』&『ゴールデングラブ賞』W受賞。

2007

2007

  • トレードで読売ジャイアンツに移籍。
  • 『1,500本安打/7月1日広島戦(広島)にて、
    9回表に永川投手からセンター前ヒット。

2009

2009

  • 1,500試合出場/4月4日広島戦(東京D)にて、7回裏に「代打」として。

2014

2014

  • 古巣であるオリックス・バファローズに復帰。

2015

2015

  • 7月21日西武戦(ほっと神戸)にて、タイムリーで勝利に貢献。
    笑顔で復活のお立ち台に。
  • 10月3日ソフトバンク戦(京セラD)にて、引退試合。
    19年間の現役生活に終止符を打ち、静かにバットを置くことに。

チケット

TICKETチケット

京セラドーム大阪 VS 福岡ソフトバンクホークス

京セラドーム大阪 VS 福岡ソフトバンクホークス

オリックス・バファローズ vs 福岡ソフトバンクホークス

オリックス・バファローズ vs 福岡ソフトバンクホークス

7月4日雨天中止分(ほっと神戸)のシーズンシート、シーズンチケットをお持ちの方
7月4日雨天中止分(ほっと神戸)のシーズンシート、シーズンチケットをお持ちの方

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谷佳知選手 引退記念グッズ

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# ありがとう谷選手

MESSAGE

MESSAGEメッセージ

焼き付けろ。最後の勇姿を。〜ありがとう。背番号『10』。〜

先月16日。予定通りの午後1時に谷佳知は現れた。京セラドーム大阪1Fにあるインタビュールームは報道陣で溢れかえっていた。カメラのシャッター音とフラッシュの放列の中で、谷は“引退”の2文字を口にした。現役生活の終止符を告げる彼の表情は、晴れやかであり穏やかで、そこからは彼の無念さや気持ちの翳りを見出すことはできなかった。「2000本安打に届かなかったことに、正直、未練はありません。それよりもプロ野球の世界で19年間プレーできたことの満足感の方が大きいです」と谷は言った。
谷がプロの門を叩いたのは1996年オフ。オリックスが長嶋・巨人を下して日本一に登りつめた直後の入団だった。仰木彬監督のもと、完成されていたチームの中に入っていくことは容易ではなかったはず。それでも、谷の非凡なる打撃センスを見抜いた名将は、田口壮、イチローという外野陣の中に、背番号「10」を置いた。鉄壁の布陣は忽ちにして完成したのだ。「僕はホームランを多く打てる打者ではなかったので・・・。2塁打をモチベーションにやってきました」谷がプロの世界で記した1927本(10月2日現在)に至る最初のヒットは、2ベースヒットだった。オリックスの主軸として確実に成長した谷は、盗塁王、最多安打、ベストナイン、ゴールデングラブなど、数々のタイトルを獲得。ジャイアンツに活躍の場を移してからは、オリックスでは経験できなかったリーグ優勝(5度)と日本一(2度)の栄誉に浴している。
そんな彼がオリックスに戻ってきたのは、2013年のオフ。勝利を渇望するチームにとって、優勝を知る谷の復帰は何よりも心強かった。「オリックスで2000本を!」という期待も高まった。

それでも、プロ野球選手としては決して大きいとは言えない体は、多くの故障を抱えていたのも事実だった。オリックスでの最後の2年の成績は、彼のキャリアからすれば無きに等しいものと言える。それでも、彼がこのチームに遺そうとしたものがある。それは、“勝利のマインド”。「幸運にも僕はジャイアンツで優勝という喜びに接しました。勝利を常に求められる大きなプレッシャーの中でプレーできたことは、自分の中でも大きな財産です。今、オリックスに必要なのは勝利。あと、それに向かう準備と心の持ち方だと思うんです。僕が経験の中で得た、勝つためのマインド、スピリットをこのチームに注入できればと思っています」オリックスへの復帰が決まったあとの本人の言葉であった。有言実行。谷は、ファームの若手に、求められれば、アドバイスを送ることを厭わなかった。饒舌ではないかわりに、彼の野球に取り組む姿勢と情熱が、迷えるチームに進むべき道筋を示し続けた。その姿は、今後、現役という立場から退いたとしても不変であろう。
始まりがあれば終わりは必ず訪れる。物事の道理である。今日を限りに、谷佳知は勝負を懸けてきたバットを置く。彼が背負う「10」番の最後の雄姿。「ファンの皆様に愛された19年間は幸せでした」ジャイアンツ移籍後、初の京セラドーム大阪で浴びた、オリックスファンからの熱い声援と暖かい拍手が忘れられないという谷。今日、このスタジアムで送られるファンの気持ちを彼はどう受け止めるのか。「次の野球人生では、谷佳知を超える選手を育ててみたい」そう、終わりは次のステップへの始まりなのだ。
“ありがとう。”
彼を見送る人々の想いはひとつだ。

先月16日。予定通りの午後1時に谷佳知は現れた。京セラドーム大阪1Fにあるインタビュールームは報道陣で溢れかえっていた。 カメラのシャッター音とフラッシュの放列の中で、谷は“引退”の2文字を口にした。現役生活の終止符を告げる彼の表情は、 晴れやかであり穏やかで、そこからは彼の無念さや気持ちの翳りを見出すことはできなかった。 「2000本安打に届かなかったことに、正直、未練はありません。 それよりもプロ野球の世界で19年間プレーできたことの満足感の方が大きいです」と谷は言った。
谷がプロの門を叩いたのは1996年オフ。オリックスが長嶋・巨人を下して日本一に登りつめた直後の入団だった。 仰木彬監督のもと、完成されていたチームの中に入っていくことは容易ではなかったはず。 それでも、谷の非凡なる打撃センスを見抜いた名将は、田口壮、イチローという外野陣の中に、 背番号「10」を置いた。鉄壁の布陣は忽ちにして完成したのだ。 「僕はホームランを多く打てる打者ではなかったので・・・。2塁打をモチベーションにやってきました」 谷がプロの世界で記した1927本(10月2日現在)に至る最初のヒットは、2ベースヒットだった。 オリックスの主軸として確実に成長した谷は、盗塁王、最多安打、ベストナイン、ゴールデングラブなど、 数々のタイトルを獲得。ジャイアンツに活躍の場を移してからは、 オリックスでは経験できなかったリーグ優勝(5度)と日本一(2度)の栄誉に浴している。
そんな彼がオリックスに戻ってきたのは、2013年のオフ。 勝利を渇望するチームにとって、優勝を知る谷の復帰は何よりも心強かった。 「オリックスで2000本を!」という期待も高まった。 それでも、プロ野球選手としては決して大きいとは言えない体は、 多くの故障を抱えていたのも事実だった。オリックスでの最後の2年の成績は、 彼のキャリアからすれば無きに等しいものと言える。それでも、彼がこのチームに遺そうとしたものがある。 それは、“勝利のマインド”。「幸運にも僕はジャイアンツで優勝という喜びに接しました。 勝利を常に求められる大きなプレッシャーの中でプレーできたことは、自分の中でも大きな財産です。 今、オリックスに必要なのは勝利。あと、それに向かう準備と心の持ち方だと思うんです。 僕が経験の中で得た、勝つためのマインド、スピリットをこのチームに注入できればと思っています」 オリックスへの復帰が決まったあとの本人の言葉であった。 有言実行。谷は、ファームの若手に、求められれば、アドバイスを送ることを厭わなかった。 饒舌ではないかわりに、彼の野球に取り組む姿勢と情熱が、迷えるチームに進むべき道筋を示し続けた。 その姿は、今後、現役という立場から退いたとしても不変であろう。
始まりがあれば終わりは必ず訪れる。物事の道理である。 今日を限りに、谷佳知は勝負を懸けてきたバットを置く。彼が背負う「10」番の最後の雄姿。 「ファンの皆様に愛された19年間は幸せでした」ジャイアンツ移籍後、 初の京セラドーム大阪で浴びた、オリックスファンからの熱い声援と暖かい拍手が忘れられないという谷。 今日、このスタジアムで送られるファンの気持ちを彼はどう受け止めるのか。 「次の野球人生では、谷佳知を超える選手を育ててみたい」そう、終わりは次のステップへの始まりなのだ。
“ありがとう。”
彼を見送る人々の想いはひとつだ。

(文/大前一樹)

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