HISTORY

黄金ルーキー、野茂英雄、登場!

球史に残る1988年の「10・19」の無念を晴らし、翌89年、パ・リーグ制覇。激動の中で80年代を締めくくり、迎えた90年代はゴールデンルーキー、野茂英雄の登場とともに幕を開けた。

ドラフト史上最多、8球団競合の末に仰木彬が引き当てると、1年目からタイトルを総ナメ。新人王はもちろん、最多勝、最優秀防御率、最高勝率、最多奪三振、沢村賞……。さらに5試合連続2ケタ奪三振、21度の2ケタ奪三振など数々の記録を打ち立てた。

その90年、チームは優勝争いに絡むことなく、3位に終わったが、91年は5月末時点の9.5ゲーム差から西武ライオンズに猛追を見せ、球宴前には単独首位に。最後は力尽きたが、球団記録を更新する77勝を挙げた。仰木が指揮を執った最後の92年は、野茂が3年連続最多勝、赤堀元之が最優秀救援投手と最優秀防御率の2冠、髙村祐が新人王と、投手陣が踏ん張ったが、優勝には届かず。毎年のように激しいデットヒートを繰り広げたが、王者、西武の壁は限りなく厚かった。

93年から300勝投手の鈴木啓示が監督となり、94年にも6月時点の16ゲーム差から球団新の13連勝などを含む驚異の追い上げで首位に立ったが、ここでも最後は西武の後塵を拝した。そのオフに野茂がメジャー挑戦のためチームを離れ、阿波野秀幸、吉井理人、金村義明らも退団。

一気に戦力が低下すると、95年は序盤から低迷し、8月に借金が20となったところで、鈴木監督が休養。チームは8年ぶりの最下位に沈んだ。

写真・原稿・協力/ベースボール・マガジン社