PLAYER BLUE WAVE

  • 星野 伸之 Nobuyuki Hoshino
  • 中島 聡 Satoshi Nakajima
  • 藤井 康雄 Yasuo Fujii
  • 福良 淳一 Jun-ichi Fukura
  • 松永 浩美 Hiromi Matsunaga
  • 小川 博文 Hirofumi Ogawa
  • 谷 佳知 Yoshitomo Tani
  • トロイ・ニール Troy Lee Neel
  • 田口 壮 So Taguchi
  • イチロー Ichiro

星野 伸之

Nobuyuki Hoshino

1966年1月31日生 183㎝ 74㎏ 左投左打
旭川工業高校→阪急・オリックス→阪神
通算 登板427 176勝140敗2セーブ 防御率3.60
在籍 1990年~1999年
通算 登板252 118勝90敗1セーブ 防御率3.64

1984年にドラフト5位で、旭川工業高校から阪急へ入団。
4年目の87年に、パ・リーグの5球団からの完封勝ちを含む11勝を挙げ、主戦投手となる。
以降、97年まで11年連続2ケタ勝利を記録し長らくチームの屋台骨を背負い活躍。
代名詞となったカーブは大きな弧を描きコントロールされ、
フォークはまっすぐと同じ軌道から鋭く落ちた。
そこへ長い手をテークバックで小さく折りたたむフォームから投げ込むストレート。
球速は130㌔前後でも打者を差し込み、奪三振率の高い投手だった。

中嶋 聡

Satoshi Nakajima

1969年3月27日生 182㎝ 82㎏ 右投右打
鷹巣農林高校(現・秋田北鷹高校→阪急・オリックス→西武→横浜→日本ハム
通算 1545試合 804安打 55本塁打 349打点 打率.232
在籍 1990年~1997年
703試合 502安打 40本塁打 214打点 打率.247

1987年に、鷹巣農林高校から阪急にドラフト3位で入団。
88年、阪急ブレーブスの最終戦に先発マスクをかぶり、
オリックス1年目の翌89年にはレギュラーとなった。
際立つ地肩の強さで、二塁送球は唸りを上げながら伸びていった。
打撃面では90、91年に12本塁打と存在感を示し、
リーグ優勝の95年にはベストナインも受賞。
98年に西武、その後、横浜、日本ハムと球団を移りながら、
今季、2013年もコーチ兼任で現役生活を続ける。
阪急ブレーブスでプレー経験を持つ唯一の現役選手。

藤井 康雄

Yasuo Fujii

1962年7月7日生 181㎝ 83㎏ 右投左打
泉州高校(現・近畿大学泉州高校)→プリンスホテル→阪急・オリックス
通算 1641試合 1207安打 282本塁打 861打点 打率.252
在籍 1990年~2002年
1332試合 965安打 230本塁打 696打点 打率.244

1987年にドラフト4位で阪急に入団すると、2年目の88年には20本塁打。
オリックス元年、89年からブルーサンダー打線の一角を担い、
90年には自己最多の37本塁打、96打点を記録した。
以降、チームの顔として活躍したが、年齢を重ねるごとにむしろ長打力は増し、
98年には36歳で30本塁打。また、16年間で282本のホームランを打ったが、
うち満塁ホームランが14本を数えた。
これは15本の王貞治に続く史上2位で、代打満塁本塁打の4本はNPB記録。
実にドラマチックな場面が似合うスラッガーだった。

福良 淳一

Jun-ichi Fukura

1960年6月28日生 177㎝ 73㎏ 右投右打
泉延岡工業高校→大分鉄道管理局→阪急・オリックス
通算 1240試合 1116安打 50本塁打 372打点 打率.279
在籍 1990年~1997年
726試合 632安打 15本塁打 207打点 打率.273

1985年にドラフト6位で阪急へ入団すると、翌86年から二塁のレギュラーとして活躍。
86年に自己最多の12本塁打を記録したように、
当初の打撃はツボにはまれば一発の雰囲気を持っていた。
87年以降、二番打者を務め93、94年にはリーグ最多犠打を記録するなど、
つなぎ役としてのしぶとさが際立つようになった。
また、堅実を誇った守備面では93年の7月から94年の7月にかけて、
二塁手として連続守備機会無失策836の日本記録を樹立。
攻守両面においてチームになくてはならない選手だった。

松永 浩美

Hiromi Matsunaga

1960年9月27日生 180㎝ 78㎏ 右投両打
小倉工業高校→阪急・オリックス→阪神→ダイエー
通算 1816試合 1904安打 203本塁打 855打点 打率.293
在籍 1990年~1992年
376試合 440安打 37本塁打 185打点 打率.298

1979年にドラフト外で小倉工業から入団。
伝説の猛練習ではい上がると、82年にレギュラーをつかみ、
阪神へ移籍する92年まで不動のレギュラーとして活躍した。
1試合左右打席本塁打を6度記録しているようにスケールのあるスイッチヒッターで、
右打席ではパワー、左打席では巧さが光った。
89年、90年はブルーサンダー打線の切り込み役として2年連続の得点王、
91年には5月のロッテ戦で自身2度目となるサイクル安打も達成。
85年に盗塁王も獲得のスピード、ダイナミックな動きと強肩を生かした三塁守備と、
走攻守すべての面で大いにファンを魅了した。

小川 博文

Hirofumi Ogawa

1967年3月6日生 173㎝ 78㎏ 右投右打
拓大紅陵高校→プリンスホテル→オリックス→横浜
通算 1720試合 1406安打 100本塁打 597打点 打率.266
在籍 1990年~2000年
1274試合 1080安打 69本塁打 439打点 打率.269

1989年にドラフト2位でプリンスホテルから入団した、オリックスの1期生。
社会人時代は主にセカンドを守ったが、
1年目のキャンプでショートにコンバートされ、即レギュラーの座をつかんだ。
91年には全試合の出場で自己最多の135安打を放ち、
ベストナインも受賞。94年には初の3割も打った。
小柄ながらヘッドの利いた思い切りのいいスイングで、パンチ力があった。
チーム事情により様々な打順も任されるなか、
99年にはプロ野球史上5人目となる全打順本塁打も達成。
仰木(彬)采配に欠かせない選手の一人だった。

谷 佳知

Yoshitomo Tani

1973年2月9日生 173㎝ 77㎏ 右投右打
尽誠学園高校→大阪商業大→三菱自動車岡崎→オリックス→巨人
通算 1855試合 1914安打 133本塁打 737打点 打率.298
在籍 1997年~2006年
1237試合 1406安打 97本塁打 552打点 打率.299

1997年にドラフト2位で三菱自動車岡崎から入団。
1年目から101試合に出場し、3年目でベストナインも受賞した。
2001年からは4年連続で3割以上の打率を残し、
03年はリーグ最多の189安打を放ち打率.350を記録。
90度のダイヤモンドを目一杯に使った広角打法から二塁打が多く、
01年には52本のシーズン最多二塁打の日本記録も作った。
また、02年に盗塁王にも輝いた足は外野守備でも生き、
低迷期も変わらぬプレーでチームを支え続けた。
04年開催のアテネオリンピックでは日本代表メンバーとしても戦い、
07年に巨人へ移籍。2000本安打まであと86本と迫っている(2012年終了時)。

トロイ・ニール

Troy Lee Neel

1965年9月14日生 191㎝ 97㎏ 右投左打
ハワード大学→オークランド・アスレチックス→オリックス→斗山(韓国)
通算 1855試合 1914安打 133本塁打 737打点 打率.298
在籍 1995~1997年、1998年途中~2000年
614試合 558安打 136本塁打 435打点 打率.264

1995年にオークランド・アスレチックスから入団。
来日以前、マーク・マグワイアとクリーンアップも組んだ実力を発揮し、
1年目からタイトルには1本及ばなかったが、27本塁打を記録した。
翌96年にも32本塁打、111打点で二冠王に輝き、
DH部門で2年連続のベストナインを受賞。
日本一に輝いた96年の日本シリーズでは17打数3安打ながら、
その3本がいずれもタイムリーでMVPに選ばれた。
97年限りでいったん退団となったが、翌98年のシーズン中に復帰。
2000年までプレーし、青波ファンに愛される助っ人だった。

田口 壮

So Taguchi

1969年7月2日生 177㎝ 77㎏ 右投右打
西宮北高校→関西学院大学→オリックス→セントルイス・カージナルス→
フィラデルフィア・フィリーズ→シカゴ・カブス→オリックス
日米通算 1894試合 1601安打 89本塁打 592打点 打率.277
在籍 1992~2001年、2010~2011年
1222試合 1219安打 70本塁打 429打点 打率.276

1992年にドラフト1位で関西学院大学から入団。大型ショートとして期待されたが、
素質が開花したのは94年に外野へコンバートされてからだった。
快足を生かした広い守備範囲と球際の強さ、強く正確なスローイングが持ち味。
イチロー、本西厚博と並んだ外野陣は鉄壁と評され、ゴールデングラブ賞の常連となった。
主に一番、三番を打った打撃はシュアで、年々勝負強さが増し、
日本で記録した70本塁打のうち、満塁本塁打が6本。
メジャーでも満塁時の通算打率が.512と満塁男の顔を持っていた。
カージナルス、フィリーズで世界一に2度輝き、2010年から古巣に復帰。
2年間プレーし、貴重な経験をチームに伝えた。

イチロー

Ichiro

1973年10月22日生 180㎝ 71㎏ 右投左打
愛工大名電高校→オリックス→シアトル・マリナーズ→ニューヨーク・ヤンキース
日米通算
2862試合 3884安打 222本塁打 1189打点 打率.332(2012年終了時)
在籍 1992~2000年
951試合 1278安打 118本塁打 529打点 打率.353

1992年にドラフト4位で愛工大名電高校から入団。
登録名を鈴木一朗から「イチロー」に変更した94年、
130試合制としてはNPB史上唯一のシーズン200本安打を放ち、
史上最年少でMVPにも輝いた。
軽やかなプレースタイルとプロであることに徹底的にこだわった意識。
卓越したコメント力でも世間の目を一身に集め、イチローフィーバーを巻き起こした。
2001年からメジャーへ挑戦し、これまで日米で首位打者を9回、
2004年には米球界のシーズン最多安打を更新の262安打など、
ここまで日米で3884本の安打を積み上げてきた。
40歳を迎える2013年、今シーズンも止まることのない挑戦は続く。

写真・原稿・協力/ベースボール・マガジン社