2017/07/03(月)その他

上田利治氏のご逝去に際し

上田利治氏のご逝去に際し、野球界の発展に尽力された上田氏のご功績に対して心よりの敬意を表しますとともに、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

写真協力/ベースボール・マガジン社

上田氏は1937年徳島県生まれ。関西大学から捕手として59年に広島カープに入団し、選手、コーチを経て、71年、名将西本幸雄監督率いる阪急ブレーブスのコーチに就任しました。74年には退任する西本監督のあとを受けて、37歳の若さで阪急の第11代監督となり、75年にチームを球団初の日本一に導き、その年から77年まで日本シリーズ3連覇を達成。阪急の黄金時代を築き上げました。リーグ4連覇を果たした78年のオフに監督を辞任した後、81年から再び監督としてチームの指揮を執り、84年には10回目のリーグ優勝をチームにもたらしました。89年に球団名がオリックス・ブレーブスに変わったあとも上田氏は監督を務め、90年9月9日の対西武ライオンズ戦(西宮球場)において、史上8人目となる監督としての通算1,000勝を達成しました。
90年シーズンを最後にオリックスの監督を退任した上田氏は、オリックスの球団取締役、野球解説者を経て、95年に日本ハムファイターズの監督に就任。日本ハムでの5年間を含む20シーズンで積み重ねた1,322勝は、現在、歴代7位の勝利数です。
上田氏は、その輝かしい実績により、2003年に野球殿堂入りを果たされました。

<球歴>

広島東洋(59~61引退)-広島東洋(コーチ62~69)-阪急(コーチ71~73・監督74~78、81~88)-オリックス(監督89~90)-日本ハム(監督95~99)

<監督成績>

通算:2574試合1322勝1136敗116分
阪急通算:1666試合871勝698敗97分
オリックス通算:260試合141勝112敗7分

宮内義彦オーナー コメント

「上田さんにはオリックス・ブレーブス発足から2シーズン、初代監督として指揮をとっていただきました。大変厳しい指導と知力を尽くした采配でチームを常に優勝争いに導いていただき感謝しています。最近はOB会などでお会いする機会もなく、近況をお聞きすることもありませんでした。突然の訃報をお聞きし大変驚いています。長年勝負の世界におられたので、今は心安らかにおやすみくださいと申し上げたい。」

福良淳一監督 コメント

「上田さんは、入団当時の監督でとてもお世話になりました。ポジションをとる厳しさや、一度掴んだポジションを離さない難しさを教えていただきました。上田さんが伝統を作り上げられたように、我々がこれから新しい伝統を作っていかないといけないと思います。今はただ心からご冥福をお祈りいたします。」

星野伸之コーチ コメント

「(ニュースを見て)ビックリしています。普段は優しいのですが、ユニフォームを着たらとても厳しい監督でした。印象に残っていることは、キャンプ中の投内連携です。ピリピリ感というか緊張感がすごかった。
どれだけ打たれても使っていただき、自分を育ててくれた監督です。今の自分があるのは上田監督のおかげですし、感謝の気持ちしかありません。心からご冥福をお祈りいたします。」

その他一覧へもどる ニュース一覧へもどる