1軍用具担当の松本正志 46年在籍の球団に別れ 「幸せな人生」

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プロ野球選手として10年、用具担当として36年。阪急からオリックスまでプロ野球の一時代を駆け抜けてきた松本正志がこのキャンプをもって球団を去る。高校時代に東洋大姫路高で全国制覇を果たした甲子園優勝投手たる誇り。自分で決めたことは徹底してやり抜く仕事ぶり。そして、絶妙な間合いで人を惹きつける不思議なトーク。唯一無二の存在感を放ち、多くの人に愛され、頼られてきた。松本用具担当が宮崎で過ごす最後の春に話を聞いた。

写真:ピッチングマシンを点検する松本用具担当

◆正志さん節

取材を申し込むと、ニッと少年のように笑った。「うん、いいよ。いつでも」。即答するや否や、“正志さん節”が始まった。

数多くの球団スタッフが聞かされているという自慢話。スマホを取り出して愛くるしい赤ちゃんの写真を見せ「これ見て?な、可愛い?そうか、やっぱり可愛いか。…うちの孫や」。続いてスマホの画面を何度かスライドした後、きらめく神戸の夜景を披露。「これ、うちのマンションから見える景色。きれい?」

これに限らず自慢話は松本のお家芸。これまでもアルバイトやスタッフに「俺、夏の甲子園で一回も負けたことない」と朗々と輝かしい武勇伝を語ってきた。自分が取り上げられている新聞記事を人目につく場所に置いておき「見たか」と周囲にアピールする。

だが最近、奥様にたしなめられたそうだ。大谷翔平選手が「自慢は恥」を信条としてることを知り「お願い。いい加減自慢やめて」と。自他ともに認める愛妻家である松本。「もう今は謙虚にいかなあかんと思てる」。それでも自慢話をやめられないところが、松本らしい。

写真:ネットを運び、笑顔を見せる松本用具担当

◆キャンプを回す

こちらが質問せずともあらゆる話を語ってくれる。高校時代はうさぎ跳びでグラウンド10周のスパルタ練習に耐え抜いた。77年ドラフト会議で阪急ブレーブスに1位指名を受けると、翌年チームはリーグ優勝。高卒ルーキーにして日本シリーズのマウンドに上がった。その後、変化球を習得しようとするもフォームを崩し、ケガもあって登板機会が減少。87年に現役を引退し、翌年から用具担当を務めることになった。

用具担当として最も思い入れのある仕事がキャンプだったという。「昔はものすごい大変やった。キャンプが無事に終わったら1年が終わったと思うぐらい気を張ってた」と振り返る。

89年から92年にかけて沖縄県糸満市でキャンプが実施された時には、グラウンドキーパーはいなかった。松本たちが土を運びブルドーザーでグラウンドをならし、マウンドをプロ仕様に整えた。選手のロッカールーム用テントを建て、椅子とテーブルを借りに公民館までトラックを走らせた。「ほとんど手作りやった」という。

必死に作ったテントが風で飛んでいくこともあった。雨が降ればずぶ濡れでグラウンドにシートをかぶせた。それでも「自分がキャンプを回している自負があった」。体調不良に襲われても体温をあえて計らず「熱あったら負けや」と、ド根性でやりきったという。「今ならあかんよね。その時、蕁麻疹出てもうたし」と笑い飛ばす。

写真:グラウンドで笑顔を見せる松本用具担当

◆仰木監督とのエピソード

数あるキャンプの思い出の中でも一番の記憶は、宮古島での仰木彬監督とのエピソード。雨が上がったものの、グラウンドを覆っていたシートの上には大量の水が溜まっていた。
「練習できないのか」という仰木監督の言葉に「このスタッフの人数では無理です」と返すと「俺がやる」。仰木監督自らシートを持ち上げ始めた。すると近くにいたスタッフはもちろん、球団社長、コーチ陣、新聞記者、カメラマンまでもが続々と加わった。最後は80人近くが集まり、シートを一斉に持ち上げて移動させた。無事練習ができ「マツ(松本用具担当)、できるやんか」と仰木監督。「監督だからできたんですよ」と笑顔で返した。

「普通は軍手をつけてやる作業やけど、みんな素手で手伝ってくれた。汚れ仕事が多くて大変な用具担当の仕事も少しだけわかってもらえる良い機会だったかも」といたずらっぽく笑う。

写真:甲子園のマウンドに立つ松本用具担当

◆マウンドで思い出作り

退職を決意した3年前からは、遠征先の全国各地の球場で写真を撮った。「球団で働いている特権や」とマウンドでドヤと言わんばかりの腕組みポーズ。思い出のアルバム作りもしっかり完成している。

「入団した年に優勝して、優勝した年に退職する。しかも最後は自分が育てられた甲子園で日本シリーズまでできた。本当に自分は(運を)もってる人間。幸せな人生やと思うよ」。しみじみと振り返る。

せわしない毎日を送っていただけに、退職後にはやりたいことがたくさんある。楽しみとして最初に口にしたのはオリックスの試合だった。「僕には野球しかない。だから野球をもっと楽しみたい。これからはテレビでじっくりオリックスの試合を観られる」と顔をほころばせた。

取材の最後にはこうささやいた。「嫁さんと二人で世界クルーズ旅行もする予定。すごいやろ?」。松本らしい自慢話で締めくくられた。第二の人生に向けて、その顔はいつも以上に輝きに満ちていた。(西田光)

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