朝、目が覚めてまず頭に浮かぶのは「今日、球場でやるべきこと」。バスでの点呼、スケジュールの貼り出し、備品の補充、打撃練習のサポート。昨年現役を引退した佐野皓大は、今年から二軍サブマネージャーを務めている。覚える仕事は多くせわしない毎日だが、不思議と心は軽い。11年間ユニフォームを着て過ごしてきた場所で、これまでとは違う感情を抱きながら、新しい役割と向き合っている。
◆手の皮が全部むけても
佐野の現役生活は、平坦ではなかった。2014年ドラフト3巡目指名で大分高校からバファローズに入団。投手としてプロの世界に足を踏み入れたが、思うような結果を残せなかった。「イップスになって、投げるのが完全に怖くなってしまいました。もう諦めて地元に帰ろうかと思っていました」
転機は18年。俊足と打撃センスが見込まれ、野手に転向した。「育成の頃は、特に福良GM(当時監督)や弓岡さん(弓岡敬二郎氏・当時二軍ヘッドコーチ兼育成統括)に付き合っていただいて、鬼のように練習しました。バットを振り込んで手の皮は全部むけて、ゴム手袋をしないとお風呂に入れなくなりました。それでもまだ足りないと思っていたぐらいです」。両打ちにも取り組み、自身の可能性を探り続けた。
19年以降、次第に一軍に定着し、特に代走や守備固めで確かな存在感を発揮した。スタメンにも名を連ねるようになり、20年にはチームトップの盗塁数を記録。21年からのリーグ三連覇のシーズンも、走塁と守備で幾度となくチームを救った。
「やれること全てに挑戦させてもらえた現役生活でした。たくさん苦労した分、たくさんの喜びに出会えました」。そのキャリアに一切悔いはない。
ただ、そう言い切るまでには、現役としての思いに向き合う時間が必要だった。
◆山本由伸投手に会いに
昨秋、球団から来シーズンの契約をしないと告げられた後、ドジャースのワールドシリーズを観戦しに海を渡った。かつてのチームメイトである山本由伸投手に会いに行くためと、もう一つ大きな理由があった。
「もし少しでも自分の気持ちが動くのなら、もう少し野球を続けた方がいい」。MLB最高峰の舞台を目にすることで、選手として未練がないか、自分自身に問い直したかった。
第2戦、超満員のロジャーズ・センター。張り詰めた空気の中、一流のメジャーリーガーたちが躍動した。その中心で、山本投手は自分のリズムを崩さず、淡々とアウトを積み重ねていった。4回以降は、打者を寄せつけないパーフェクトピッチング。日本人初となるワールドシリーズ完投勝利を成し遂げた。
熱狂に包まれたスタンドに身を置きながら、佐野は目の前のゲームに見入っていた。
そこには、周囲の観客と同じように、野球を楽しみ、戦う選手たちに心からエールを送っている自分がいた。
結論がはっきりと出た。「選手としてグラウンドに立ちたいとは思わなかった」
同時に、こんな考えも浮かんだ。「自分と関わった選手が活躍する姿をもっと見たい。裏方になれば、それをサポートできる」
「支える側」の仕事がしたい。その思いが輪郭を帯びた。
◆この球団にいられる喜び
佐野の願いはかなった。昨年12月、二軍サブマネージャーとして球団に残ることが決まった。
「これからもこの球団にいられる」。そんな喜びが胸を満たした。
高校卒業後に地元の大分を離れてから、11年間を過ごしてきた球団。慣れ親しんだその場所で、今度は裏方として働き、恩返しができる。そう思うと自然と力が湧いてきた。
キャンプの一日は長い。日が暮れて選手たちが帰った後も片付けや翌日の準備がある。いつも最後のバスに乗って球場を後にする。それでも表情は明るい。「毎日新鮮ですし、やりがいも感じています」
年下の面倒を見たり世話を焼いたりするのは元々好きだ。現役時代、あまり話したことのなかった後輩を、あえて食事に誘って関係を築いていったこともあった。
「若い選手も気兼ねなく相談できるような存在でいたい。自分がうれしかったことや助かったことをたくさんしていければ」。日々の業務の中でそう思える時間が増えている。
◆今日よりももっと
日が傾きかけた清武第2野球場。トンボを手に黙々と土をならすキーパーたちをグラウンドの傍らから目で追いながら、佐野は一日を振り返った。
余念のない準備はできていたか、練習の進行はスムーズだったか、サポートは十分だったか。
現役時代とは全く違う自分がそこにはいた。明日も球場でやるべきことがある。そして、思った。
「早く明日が来てほしい」
佐野の脳裏に浮かぶのは、迷いなく野球に取り組む選手たちの姿だった。
今日よりももっと力になりたい。西陽に照らされた佐野の顔には、心地よさそうな充実感が漂っていた。(西田光)