車のトランクから段ボールやキャリーケースがひとつずつ地面に下ろされていく。「あとはもう持っていくものはない?」「じゃあ、こっちは俺が持つよ」「お。そのグローブ、新しいやつ?」。新入団選手の入寮日、佐野如一スカウトは、バファローズの選手寮「青濤館」の玄関前で、荷物を両手に新人選手の少し先を歩いた。
今年、スカウトとして3年目を迎えた。新たに入団した選手のうち、佐野スカウトが担当した選手は3人。「どの選手も僕が本気でほしいと思った選手です」。期待と緊張が入り混じった一人ひとりの表情を横目に、佐野スカウトはこう語る。「彼らにとって、先輩でありお兄ちゃんみたいな、そんな存在になれたら」
◆北海道で24連泊
佐野スカウトは茨城県出身。2020年ドラフト会議でバファローズから育成5巡目で指名を受け、仙台大学から入団。1年目の21年3月に支配下登録を果たし、外野手として一軍出場を経験した。
23年オフに引退し、翌年、アマチュアスカウトに転身。北関東エリアに加え、昨年から北海道も担当している。「高校野球春季大会の時期には、24連泊して毎日車で駆け回りました」。片道2、3時間をかけ、点在する球場や学校へ足を運び、原石を探した。
ドラフトで縁が繋がったのが、4巡目・窪田洋祐選手(札幌日大高)、5巡目・高谷舟投手(北海学園大)、7巡目・野上士耀選手(明秀学園日立高)。ドラフトが終われば、指名あいさつに仮契約、入団会見と、息つく間もなく準備に追われる。「1年が本当にあっという間」。佐野スカウトはそうつぶやく。
◆「見てくれる人」に
佐野スカウトにとって、ドラフトや入団はゴールではない。本当に目を向けたいのは、プロに入ってからの時間だという。
「僕は支配下になるのは早かったですが、そこから不甲斐ない時期が続きました。自分では良い状態に仕上げられたと思っていても、なかなか出場機会に恵まれない時もありました。挫折の繰り返しでした」
苦しい時期に心の支えとなったのが「見てくれる人たち」だったという。コーチやスカウトが寄り添い、声をかけてくれた。時には厳しい叱責も受けたが「そうしていただくことで腐らずにやれたのだと思います」。最後まで折れずに自分の力を出し切ったからこそ、悔いなくプロ生活に区切りをつけられた。
◆初めて“スカウト”した存在
「入った後こそが大切」。その考えを今も確かにしてくれる存在が、宇田川優希投手だ。
2020年ドラフトの日。仙台大学のエースとしてマウンドに立っていた宇田川投手と、主将としてチームを率いていた佐野スカウトは、ともにバファローズから育成指名を受けた。ただ、二人とも、育成指名であればプロには進まない意思を各球団に伝えていた。想定外の指名だった。
その夜、佐野スカウトは宇田川投手を初めて食事に誘った。二人きりの席でこう口にした。「行こう。一緒に」。迷っていた宇田川投手の表情が少し和らいだ。佐野スカウトが初めて“スカウト”した相手となった。
宇田川投手の姿は、今も佐野スカウトに「プロの在り方」を思い出させる。育成から支配下登録を勝ち取り、侍ジャパンの一員として世界一も経験した。現在はトミー・ジョン手術を受け、再び育成という立場にありながらも、再起へ向けて着々と準備を進めている。
「大学4年間も、プロに入ってからも、ずっと見てきたすごいピッチャー。手術後の辛い時期も、後で『良かった時間』にできる選手だと思っています。ウダ(宇田川投手)ならここからまた這い上がれる。復活を本当に楽しみしています」
その視線は一方通行ではない。宇田川投手は佐野スカウトについてこう語る。「大学時代には200人以上の部員をまとめていましたし、僕だけでなくたくさんの人にとって頼りになる存在。その佐野が今はスカウトとして頑張っている話を聞くと、すごく刺激になります」。
立場やフィールドは違えども、今も互いの歩みを意識している。
◆未来に賭けたいと思わせる選手
佐野スカウトが選手を見る時、いつも頭に浮かぶ問いがある。「未来に賭けたいと思わせてくれるかどうか」だ。
成績や才能ももちろん大切だが、うまくいかない時間をどう過ごせるか。その途中で、野球への姿勢、気力を保てるか。育成から始まり、思うようにいかない時間も経験してきたからこそ、そこに目がいく。今の宇田川投手の姿勢に重ねながら、自分が担当した選手たちのこれからの歩みを、誰よりも信じている。
入寮の日、新人選手の近くに行き、声をかけ、手をさしのべた。何かを教えたいわけではない。かつて自分が支えてもらったように、「見ている人がいる」ということを知っていてほしい。
「スカウトは陰の存在。選手にスポットが当たっている時もそうでない時も、一歩引いて背中を押してあげられる存在でありたいです」
まだ少しあどけなさの残る“弟たち”を見つめ、目を細める。彼らの未来を思うそのまなざしには、温もりを帯びた強い光が宿っていた。(西田光)