若き選手を支える寮長・山田真実の親心 青濤館で培う「逆算の力」

Share

 バファローズの若手選手が生活する選手寮「青濤館(せいとうかん)」。入寮の日、新人選手たちは期待に胸を膨らませ、生き生きとした表情で寮の門をくぐった。その晩、集まった選手たちを前に寮長の山田真実は諭すように伝えた。「きっと夢や希望に満ちあふれていると思います。でもまずは、一人の社会人として、ルールを守って自立した生活を送ることが大事です」。今年、寮長として5年目の春を迎える山田の言葉には、プロの世界で生き抜くためのヒントが詰まっている。

写真:青濤館の前に立ち笑顔で写真に収まる山田寮長

◆起床は朝5時半

 山田寮長は大阪府出身。1985年のドラフト会議で近鉄バファローズに2位指名を受け、和歌山県の高野山高から投手として入団した。引退後の1996年以降、打撃投手、スコアラーを歴任。2020年に副寮長となり、21年から寮長を務めている。

 寮長の仕事は、寮の施設管理をはじめ、寮で暮らす選手たちの生活のサポート全般。副寮長2人を含め3人交代制で寮に泊まり込む。夜勤の日は朝5時半に起床し、練習場や諸室を開錠する。一番に朝食をすませると選手たちの点呼を取りつつ日報を書き、備品の管理や来客の準備を行う。

写真:入寮の日、麦谷祐介選手を迎え入れる山田寮長㊨

◆いらぬ苦労をしないように

 「生活は全ての基本。身の回りのことがおろそかになれば、仕事の野球にも表れます」。山田寮長が寮生活を通して選手に身につけてもらいたいと考えているのが「逆算の力」だ。

 「朝食、着替え、片付け。自分がそれにどれだけ時間がかかるかを分かった上で、定刻に間に合うように考えて動く。当たり前のことですが、野球にも通じる部分があります」

 万全の状態で試合に臨むため、いつウォーミングアップを始めるか。スタミナや球数も踏まえてどんな配球にすべきか。さらには、プロ野球選手としての目標達成のためにいつまでに何をすべきか。「逆算するためには、自分自身を理解していないといけません。結局考えている選手が一番伸びるんです」

 技術指導はせずとも、私生活の指導を通して選手たちが一人前になるためのサポートをする。「この先、いらぬ苦労をしてほしくないんでね」。山田寮長なりの親心だ。

写真:新人選手たちに話をする山田寮長

◆成功者ではないからこそ

 山田寮長は現役時代を振り返ると、一抹の後悔を口にする。「10年もの間プロ野球選手をやらせてもらえて。本当なら、もっと結果を残さないといけなかった」

 山田寮長が在籍していた当時の近鉄バファローズには、4年連続2桁勝利をマークした絶対的エースの阿波野秀幸氏や、日本人メジャーリーガーの先駆者である野茂英雄氏ら名投手が台頭していた。現役10年間での登板は17試合にとどまった。

 「当時、自分の力を出し切れない歯がゆさを毎日感じていました。一軍定着ばかり頭にあって気ばかり焦って。一流選手をまねしてみて、結局自分には合わなかったこともありました。やみくもに腕を振り、自分に足りないものを考えられていなかったんでしょうね」。あれよあれよという間に10年が過ぎてしまった、と拳を握る。

 苦い顔のままこう続ける。「見ての通り、僕は成功者ではないんです。でも、だからこそ失敗者なりに分かったことがあるし、今の彼らの悩みに共感できる部分もあると思っています」

写真:寮生活4年目を迎える池田選手

◆池田選手が感じた温かさ

 寮生活4年目を迎える池田陵真選手。2023年シーズンはウエスタン・リーグの首位打者賞と最高出塁率者賞を獲得したが、昨シーズンは一軍で8試合の出場にとどまった。「なかなか思うような結果を出せなくて、悩んだりすることもありました」と唇をかむ。

 山田寮長からは時々声をかけられた。ヒットを打てた日は「今日、打ってたやんか」。ノーヒットに終わった日は「あかんかったか」。決して多くが語られるわけではなかったが、気にかけてくれていることが伝わってきた。「早く自分の形を見つけろよ」「努力は続けろよ」。ぽつりぽつりと語られる助言も、経験に裏付けられていることが想像できた。

 「遅刻や門限に厳しいので最初は怖い方かと思っていましたが、話してみると優しい方でした。うまくいかない時もちょっとした会話で気持ちが軽くなりましたし、温かい言葉は力になりました」。池田選手は感謝の思いを口にする。

写真:「青濤館は完璧で最高の寮です」と話す山田寮長

◆寮は旅立つべき場所

 青濤館には、ウエイトルームとトレーニングプールが備わり、すぐ近くには室内練習場と二軍本拠地球場がある。さらに、栄養バランスのとれた食事まで用意される。山田寮長は「完璧で最高の寮です」と胸を張る。

 「でもね、ここはいつか旅立たないといけない場所なんです」
プロ入り後の4年間、藤井寺球場の裏手にあった「球友寮」で過ごした山田寮長。毎朝7時の寮生全員参加のラジオ体操。野球談議をつまみに部屋で先輩と酌み交わした休日。思い出は尽きなかったが、退寮の日は「ようやく一人前になれた」という清々しさが勝った。

 退寮は、選手が成長し生活基盤が整った証でもある。「特に育成から支配下になった選手がここを出ていくときは、寂しさよりも嬉しさの方が大きいものですよ」。山田寮長は目を細める。「ここを巣立つことでまた一つ、人として成長するのだと思います」

 疲れがたまった夜勤明けの日。自宅に帰ると食事や入浴を早い時間に済ませる。寝る前に一杯の焼酎を味わうのが愉しみだ。リビングの時計の針は午後9時を指す。「やれやれ一日が無事終わった」。 “逆算”して迎えた、ゆとりある大切な時間。グラスを飲み干し深呼吸すると、山田寮長はそっと寝床に就いた。(西田光)

Share

前の記事を見る

次の記事を見る