「生きている芝」と向き合うグラウンドキーパー  ほっと神戸の緑を育む舞台裏

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 スタンドに足を踏み入れた瞬間、視界いっぱいに広がる鮮やかなグリーン。ほっともっとフィールド神戸の象徴ともいえる天然芝は、1年を通してその美しさを保ち続けている。選手が躍動し、ファンが熱い視線を送る大舞台。その裏側には、雨や日差しと向き合い続け、ミリ単位で芝を整えるグラウンドキーパーの姿がある。

写真:放射状に美しいラインが入っているほっともっとフィールド神戸

◆選手からも好評な「放射状のライン」

 「芝が職場」と語るグリーンシステム株式会社の大場秀さん。2002年からこの球場でグラウンド整備に携わり、芝のメンテナンスを担っている。

 「毎年、同じようで同じ年はないんです」。大場さんはそう語る。芝の生育は天候に大きく左右される。雨が続けば芝の根が伸びにくくなり、日照りが続けば水と肥料のバランス調整が難しくなる。
 夏場は特に過酷な季節。強い日差し、高い気温、長い日照時間の影響で、芝の成長は加速する。管理作業も増えるため、ナイターがある日には朝6時から整備を行う。

 芝の刈り高は15ミリ。均一に刈り揃えながらも、デザインに応じて刈る方向を変える。葉の表と裏の色の違いを生かし、ほっともっとフィールド神戸の特長である放射状のラインを描き出すためだ。過去にはチェック柄や縦縞に仕上げたこともあった。

 複数方向から刈り込めば、模様を抑えてほぼ均一な色に整えることもできるが、今の放射状のラインは選手にも好評だという。「ホームに向かって芝の向きが揃っていることで、ボールが蛇行しなくて嬉しいと言われたことがあるんです。大変だけどやめられませんね」と大場さんは言う。

写真:芝刈機に乗って整備をするグラウンドキーパーの大場さん

◆「夏芝」と「冬芝」の2種類

 大場さんが最も苦労する作業が、芝の切り替えだ。1年を通して緑のフィールドを保つため、「夏芝」と「冬芝」の2種類を用いて「オーバーシード」と呼ばれる整備を行っている。芝を張り替えるのではなく、現状の芝を生かしながら新しい季節に適した芝を徐々に育てる、繊細で難しい作業だ。

 プロ野球シーズンで目にするのは主に夏芝。4、5月にかけて、それまで緑を保っていた冬芝を少しずつ刈り込み、弱らせながら夏芝への切り替えを進める。「うまくいかないと、グラウンド全体が茶色っぽくなってしまう。毎年怖いんですよ」。どのタイミングでどのぐらい刈り込むか、水や肥料をどう与えるか。一つ一つの判断に、20年以上芝と向き合ってきた大場さんの経験と感覚が生きている。

写真:2021年11月27日、日本シリーズが開催されたほっともっとフィールド神戸

◆冬芝で迎えた日本シリーズ

 大場さんにとってこれまでで最も印象深かったという仕事が、2021年11月27日、日本シリーズ第6戦だ。1996年以来、四半世紀ぶりにほっともっとフィールド神戸で日本シリーズが開催された。

 異例の11月下旬という時期に迎えたプロ野球の大一番。この時は、夏芝から冬芝への切り替えが完了したタイミングだった。「冬芝は夏芝と比べてきれいに伸ばしやすく、深いグリーンの放射状ラインを出せます。芝の鮮やかさが一番際立つ良い時期に日本シリーズを迎えられました」

 ほっともっとフィールド神戸での開催が決まったその翌日から、すぐさま準備に取り掛かった。球場全体が美しく見えるように、芝の整備にとどまらずフェンスの再塗装や看板の修繕も手伝い、万全を期して迎えたという。

 「(日本シリーズの当日は)必死でしたね」。照明や機材の電力消費が増えた影響で、キーパー室が一時停電するトラブルもあったという。寒さに震えながら戦況を見守った。延長戦が終わり球場を後にしたのは午前2時を優に過ぎていた。「それも今となってはいい思い出です。テレビ中継も含め、たくさんの人にこの球場を見てもらえましたから」。そう言って笑顔を見せる。

写真:2025年5月31日、熱戦が繰り広げられたほっともっとフィールド神戸

◆「使われてこそ、球場」

 天然芝の魅力は、ただ見た目が美しいだけではないという。踏みしめた時の柔らかさ、適度な弾力、風に揺れる一本一本の葉。その“生きた感触”は人工芝では得られない。「生きているからこそ、整備しがいがあるし、面白い。もちろんその分、苦労も多いんですけどね」

 大場さんは語る。「コロナ禍の時、すごくきれいだったんですよ。試合がほぼ無いので芝もダメージを受けないですし、整備もしやすい。切り替えも例年以上に上手くいきました」
 でも、と続ける。「ただただ寂しかったです。誰かに使ってもらって、見てもらってこそ、球場ですからね」

 5月31日、ほっともっとフィールド神戸での今季第一戦。スタンドを埋めた34,497人の大観衆は美しい緑のフィールドの上で展開される熱戦に酔いしれた。大場さんが望み、守り続けたいと思う光景がそこには広がっていた。(西田光)

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